振り込め詐欺(および類する詐欺)に注意を喚起する人に注意を喚起してみたい

振り込め詐欺に対して有効な注意文言

振り込め詐欺に注意を喚起する文句が増えている。テレビニュースでアナウンサーが口にし、ATM に、金融機関の窓口にポスターが貼られ、自発的に振り込め詐欺撲滅運動をする行動で示している。そこで使われる文句、行動、たとえば「ATM で携帯電話を使うのをやめましょう」というものは、相当の効果を示すだろう。ただし、昨日までの振り込め詐欺に対しては。

ここでは、これらの詐欺について、次のことを論じてみたい。

  • 注意喚起が詐欺を進化させていること
  • そもそもなぜ詐欺が発生するのか
  • 詐欺による経済効果
  • 適切な対策とは

進化する流動化詐欺

まず、これらの詐欺に対して「貨幣流動化詐欺」略して「流動化詐欺」という新たな名称を与えておきたい。名前の由来は、これらの詐欺が、個人の資産として固定化された貨幣を、巧みな話術、口車、電話、ATM、メールなどの情報技術を用いて引き出し、(おそらく遊びで使ったりして社会に流通させ)流動化させる効果を果たしているからだ。
新たな名前を用意したのは、この流動化詐欺の本質を見ないと次々に違う名前をつけていかないとならなくなるからだ。
最初、流動化詐欺は「オレだけど」という電話をかけてお金を無心する親族を装う「オレオレ詐欺」として歴史に登場した。警察としては絶妙なネーミングだったと思う。この詐欺は、騙すほうと騙されるほうの共同作業で成立した、すなわち、騙されるほうは自身が潜在的に連絡を欲していた人物を「オレ」に当てはめることで、換言すると、埋めたかった「あの子」のいるべき穴に「オレ」を当てはめることで、詐欺として成立した*1
そこで、流動化詐欺に注意を喚起する人(以降、喚起者)は「名前を確認するようにしましょう」「家族にしか答えがわからない質問を決めておきましょう」などの注意を産み出した。これらの注意は有効である。有効であるがゆえ、流動化詐欺側がその注意が無効になるような形に進化する。
そして次第に「オレオレ詐欺」という名前には収まらない詐欺の形態が増えてきた。苦肉の策として「振り込め詐欺」という名前に改めたが、当初は「オレオレ詐欺」の方がゴロが良く以降はスムーズに行かなかったと思う。当節、ようやく「振り込め詐欺」という呼称に馴染んできたが、流動化詐欺のほうはすでに「振り込ませない」形態もとっている。
繰り返しになるが、これらの流動化詐欺の進化を促しているのは、喚起者による注意喚起だ。正確には、詐欺への対策(金融機関や国家権力、市民レベル)を超えようとして詐欺が変化していくのだが、注意喚起がなされると、実際に「詐欺への対策」にぶつかる前に新しい変化ができるのだ。徒労や逮捕という淘汰圧が流動化詐欺をより適応的に変化、すなわち進化させていく。

流動化詐欺の根本的原因

なぜ、流動化詐欺はなくならないのか。根本的な原因として、二つ考えている。一つは、注意喚起による進化メカニズムである。先に述べたように、騙される側、喚起者、など、社会全体で詐欺の形を適応的に進化させているから、詐欺はより巧妙に変化していく。メディアも「こんな手口が出ました。」と後追いで報道し、「こういうことにも注意しましょう」と注意を喚起する=詐欺の進化を促す。

二つ目の原因、これがより根本的だが、それは固定化された資産が存在するからである。わざとひどい言い方をすれば、使う当てのないたくさんのお金を持っている年配者が多いからである。お金がなければ詐欺は成立しないし、それが使うあてがあったら簡単には引き出せない。一人住まいで即応的に相談できる人が居ない年配者に矢継ぎ早な攻勢をかけることで、お金が引き出される。

経済学的に見た流動化詐欺

流動化詐欺が流行っている理由で挙げたように、またこの詐欺行為に「流動化詐欺」と名付けた根拠のように、この詐欺が成立した場合、固定化された資産が市場に流れることになる*2景気対策景気対策、とかまびすしいが、つまるところ景気対策とは「しまった財布のひもをいかに緩めるか」にあると言えよう。であるならば、流動化詐欺の流行は、景気向上を支持する動きと言ってもいい。お金が世の中を回ることが喜ばしいことなのだ。

上述の意見には倫理的な観点、法的な観点からの反発があるかもしれない。しかし、大量生産大量消費のこの世界のおいては、流動化詐欺と「お客様のニーズに応える商品をご提供する」商売との差は、実際に思われているよりも広くない。ビジネス界において、顧客の要求に応える商売は未熟であり、顧客の潜在的な(表明されていない)ニーズを掘り起こして商品を、サービスを提供するのが「そうすべきもの」とされている。さらに、ありもしないニーズを作り出すことが上策とされている。私は経済学においても門外漢なので詳しくはないが、宣伝のそういう機能はボードリヤールとその後継者達が明らかにしているだろうから、ここでは詳しく論じない。巧みなセールスで独居老人に買い物をさせる商売(訪問販売からテレビショッピングまで)とどれくらい何が違うのか考えるのは悪くないことだと思う。同じ構造を持ったものに「改築」「健康食品」「保険」などの「商材」があり、非合法から合法まで多数現れている。

仮に流動化詐欺が完全に成功した場合を考えてみよう。ここでいう「完全に成功した」とは、騙された側が騙されたことにまったく気づかず、騙した側も逮捕されないケースである。この場合、「没交渉になっていた孫の窮地を救う」という高齢者の「ニーズ」を、とあるグループがある値段で提供したというだけのことになる。お金を「払った」側も自身の「ニーズ」を満たすために、それなりの対価を払うことは当然であり、「あてもなかったけど、とっておいたお金が役に立ってよかった」と満足することができるかもしれない。

また、流動化詐欺の流行は、別の意味でも景気対策になっている可能性がある。すなわち、「使うあてのないお金をとりあえずとっておく」こと自体が危険である、と認知されることである。いちばん簡単なのは使ってしまうことであり、より投機的で長期間換金することのできない運用にまわすことである。今後何があるかわからないから、と現金を持っていても、預金していても、これから起こりうる「何か」にはまったく無力な場合が多いことを認識すること、である。銀行もつぶれるかもしれないし、日本の財政が破綻するかもしれない。その際にはお上が助けてくれるだろう、というのは甘い期待である。

流動化詐欺への対策

では、流動化詐欺にはどのように対処するのがいいのだろうか。これは先に挙げた「原因」への対応を考えればよい。また、流動化詐欺を進化し続ける詐欺と位置づけたが、対策においても、この「進化」にまつわるアナロジーが有効である。すなわち、流動化詐欺への対処は、流動化詐欺が絶滅するように仕向ければよいのである。なお、「流動化詐欺の経済効果」を考慮して絶滅させるべきか、細々と生存させ続けるべきか、はまた別の議論として存在することは注記しておきたい。

さて、一つ目の対策は、順序としては逆になるが、二番目の原因に注目した対策である。つまり、「使う当てのないたくさんのお金を持った高齢者が多い」現状をどうにかする、というものである。この対策には一国の政策レベルでの対応が必要なので、一階の門外漢がお気楽に扱えるレベルを超えている。したがって、政策レベルまでの道筋は専門家に任せたほうがよいだろうが、あえて極端な政策例をいくつか挙げておこう。

  • 「お金の所有」自体に高い税率をかける。毎年、持っている換金可能な資産額の 3 割とか。その代わり、手元にお金がなくても人並みの生活ができるよう社会保障を充実させる。
  • 「生きていること」自体に関する税金を取る。(この方法は、文面ほどとっぴな方法ではないと思う。)

いずれにしろ、これらの対策は、流動化詐欺が生きていく環境そのものをなくしてしまう方法である。仮に絶滅させることができなくても、「社会現象として注目される」レベル未満のニッチな生息域に限られることだろう。

二つ目の対策は、逆に進化メカニズムを逆手にとり、進化のスピードを上げて過適応させる方法である。より詳しく言うと、喚起者に対して注意を喚起することである。具体的には、あなた方が喚起している注意は現在流行っている詐欺形態には有効だけど、こういう詐欺形態も可能で、その場合にはまったく無効ですよ、ということを注意することである。こんな詐欺形態もあるし、こんな詐欺形態もあるし、という例を多量に示すことである。実際には詐欺集団がやっていることと同じなので、「詐欺を助長する行為だ」という非難を浴びるかもしれないが、その非難はあたらない。ビジネスモデルを示すだけの者(喚起者への喚起者)より、実際に現場でビジネスをしている者(詐欺集団)の方が、よりシビアで、より研究熱心で、より実践的で、よりビジネスの成功を目指して情熱を燃やしているのは世の常である。
この「喚起者への喚起」作戦は、喚起者への喚起を、「潜在的被害者」や「喚起者」が、詐欺集団より先に感知すれば、喚起による予防と同じような予防効果がある。しかし、喚起者への喚起自体が流動化詐欺の一進化形態を示すことと、実際にそれへの対処を詐欺集団が考えること、により、進化速度を速めることは確実である。本質的な撲滅の要諦もその進化速度を速めることにある。そして過適応させる。

過適応した流動化詐欺をどのように撲滅するか、はまだ十分考察できていない。ただ、今この世の春を謳歌している形態よりも環境依存性が高く、環境変動に弱いことは確実だろう。進化が多様化してさまざまな派生形態が増える可能性はあるが、そういう状態とはすでに「社会問題」ではなくなっていると考えられる。どのような社会であれ一定量の詐欺行為は存在する。流動化詐欺も「普通」になる、ということである。

ということで

これからは、こんな詐欺も可能じゃない? ということを発信していきたい。

と思っているが、私なぞが考えるよりも、実際にビジネスを展開している当事者のほうが、より有効でより巧妙な詐欺を考え、実行していくんだろう。

*1:詐欺、というもの自体が元々、騙す側が示すモノによって、騙される側が埋めたいと欲している穴を埋める、という形の共同作業の異称かもしれない、と思えてきた。

*2:詐欺集団がその資産を固定化してしまうことも考えられるが、元の状態より流動化するとは言えるだろう。